木造2階建て純日本建築は
国の「登録有形文化財」となっています。
館内にはレトロ・モダンの雰囲気が溢れ、
ゆったりとおくつろぎいただけます

奥の細道余聞 芭蕉とゆさや

 遊佐の物語


 山形県飽海郡遊佐(あくみぐんゆざまち)町。

日本海に面して連なる広漠とした砂丘にその起源を持つ遊佐一族は十六世紀の中頃まで庄内地方屈指の

豪族としてかの地を治めておりましたが、やがて権力闘争に敗れ一族郎党一人残らず遊佐町を離れました。
  そしてその多くは、この地鳴子(なるこ)に移り住み、一人は大崎氏の関守として、

又伊達家の統治下にあってはその子孫遊佐勘解由宣春(ゆざかげいゆのぶはる)が岩手の関(通称尿前(しとまえ)の関)の関守として

代々伊達藩の西の守りをかためてまいりました。
  一方、遊佐美作守継光(ゆざみまさかのかみつぐみつ)は足利幕府(あしかがばくふ)の管領(かんれい)として

権勢を誇った畠山氏に仕え、大阪河内(かわち)の若江(わかえ)城主、能登七尾城守護代(のとななおじょうしゅごだい)を経て

上杉謙信(うえすぎけんしん)の能登攻め後は「遊佐七騎(ゆざななき)」として謙信の親衛隊の役を果たしておりました。
  間もなく謙信が没すると、最上を経て鳴子に移って寛永九年(西暦1632年)湯治人宿を建設し「遊佐屋(ゆざや)」を起こすことになりました。
  後に当主は代々遊佐勘左衛門(ゆざかんざえもん)を名のり伊達家によって「湯守(ゆもり)」に称ぜられましたが、

以後尿前の関守家とは結婚や養子縁組を通じ姻戚関係を深めてまいりました。

 関守 遊佐勘解由宣春
 湯守 遊佐勘左衛門

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有形文化財登録の木造2階建
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湯の香が漂う鳴子温泉街、その中で創業380年の伝統を誇る宿。木造2階建て純日本建築は国の「登録有形文化財」となっています。館内にはレトロ・モダンの雰囲気が溢れ、ゆったりとおくつろぎいただけます。お料理は「食材王国みやぎ」の土地の素材にこだわった「月替り山里料理」をお召し上がり下さい。お風呂はアルカリ泉の「うなぎ湯」とさっぱりとした硫黄泉の「滝の湯」、離れの自然に囲まれた貸切露天風呂「茜の湯」の三種類の温泉をお楽しみいただけます。


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